「黄金の味」誕生秘話

第二の柱を確立、飛躍を遂げる

「焼肉のたれ」の発売から1975(昭和50)年までの7年間で、当社の売上高は約55億円にまで伸び、急成長を遂げました。1972(昭和47)年には神奈川県伊勢原市に工場を新設して量産体制を整えるとともに、一部の商品は協力工場で生産を開始。また、名古屋・仙台・広島・福岡・大阪・札幌など全国に支店を開設し、販売体制を確立しました。さらに、本社も横浜市神奈川区の松見町から沢渡に移転します。

  • この間、業務用の「生姜焼のたれ」「やきとりのたれ」、家庭用の「辣油」「ハンバーグのたれ」などを発売し、品揃えを広げながらも、「焼肉のたれ」に続く新たな商品の模索が始まっていました。当時は、焼肉のたれの市場が約150億円規模に拡大し、調味料メーカーが次々に参入して きた時期です。市場調査によれば、当社の「焼肉のたれ」は圧倒的なシェアを維持していましたが、全国的に見ると関西には弱みがありました。特に、関東と違う独自の食文化を持つ大阪は、周到な準備を重ね、全国で最後に進出した市場。他社の製品が先に知られていたため 、営業に行っても、はじめは当社のほうが後発メーカーだと思われていたといいます。このような市場の状況もふまえて、新商品は関西でも展開でき、さらに高級感のある商品を目指すことにしました。

  • トップメッセージ

そしてたどり着いたのが、りんご・もも・梅などのフルーツをベースにしたたれでした。果物を使うことで、関西の嗜好に合った甘さを出すことができ、醤油ベースの「焼肉のたれ」に比べ、とろりとして高級感もありました。このたれが「黄金の味」です。商品名は、"黄金"という言葉の重厚さと、当時放映されていたNHKの大河ドラマ「黄金の日々」にちなんで命名。発売と同時にテレビ、雑誌など各種の媒体を使ったPRを行いました。210グラムで300円という高価格にも関わらず、狙い通り関西でも大ヒット商品になりました。発売初年の売上高は26億円、1982(昭和57)年には「焼肉のたれ」の売上に並び、第二の柱として当社の発展を支える商品となりました。

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